自民党崩壊前夜か、それとも救世主が現れるか

 小泉自民は旧来の意味での自民党ではなかった。簡単に言えば自民党の長期安定化装置だった派閥機能を除去し、清和会の一派閥支配を目指したのである。ある意味クーデターだったのである。
 政策も様変わりした。それまでの日本的社民主義をかなぐり捨て、新自由主義を導入した。新自由主義とは簡単に言えば再分配の否定である。その結果、田舎をお荷物であると考えていた都市住民を新たな支持層として取り込んだ。一方で自民党の支持者であった田舎の住民は自民党が徹底的な変質をしたことに気づかずにそれまで通り「なんとなく」自民党を支持した。その結果、2005年の選挙では信じられないほど多数の得票を得た。新自民党はわが世の春を謳歌することになった。
 ところがその後が問題だった。田舎の住民はだんだんと自分が切り捨てられたことに気づく。生活は貧しくなる。税金は上がる。仕事はない。自民党に対する不満が徐々に蓄積されていった。小沢はそこに目をつけた。10年前は新自由主義の旗手だった小沢はいち早く新自由主義を捨て、社民主義的な政策を打ち出した。
 また新自由主義により、利益を受けるはずの都市部でも格差が広がっていった。負け組は都会にも存在したのである。
 国民は自ら再分配を否定したのだから、そうなるのは当然なわけだが、人間勝手なもので、自分が不利益を被ると分かるととたんに不満を持つものである。
 さてこの度大敗した自民党だがこれからどうなるのであろうか?もっとも早い復活の手段は小泉が否定した派閥政治を復活させることである。自民党の中にも構造改革に否定的な議員はいまだにいる。今は非主流派に転落したその議員たちが主流派になればいいのである。山口二郎はこれを擬似政権交代だと評した。政策としては、かつては自民党お家芸であったが、野党の政策を丸ごと盗めばいいのである。具体的に言えば民主党が打ち出したように農村部の徹底的な優遇をする。法人税アップ、累進課税強化をすれば完璧であろう。
 過去の自民党はこうやって幾度も危機を乗り越えて来たのである。
 しかし、いまの自民党は昔のお家芸を実行できるのであろうか?
 私は懐疑的である。自民党が生き残るために、まずやらねばならないのは小泉路線の徹底的な否定である。しかしそれは出来ない相談である。なぜなら小泉はいまだに国民的な人気を保っているからである。彼を切ることは彼に積年の恨みがある非主流派と言えども出来まい。今や小泉を切ることが出来る人物は皆党外に追い出されるか引退に追い込まれたのであるから。
 そうすると自民党の取れる対応は中途半端なものにならざるを得ない。それを証拠に現在安倍の代わりとして名前が挙がっているの麻生、福田など比較的安倍に近い人物ばかりである。これではリニューアルにならない。これこそ派閥機能を否定した代償である。危機が起こった時にドラスティックな対応が出来なってしまったのである。小泉は派閥機能を個人的な人気や政局勘で置き換えていただけなのである。しかし「普通の人」安倍には小泉の真似は出来ない。おそらく麻生や福田にも出来ないであろう。かつて亀井静香が評したように「小泉は天才」だったのである。
 多様性の無くなった自民党はもはや自民党ではない。小泉に従わない人々を追い出したために、危機に対応出来なくなってしまった。小泉時代のツケはあまりにも重いといわざるを得ない。
 自民党崩壊はかなり近いところまで来ているのではないか。それとも自民党から救世主が現れるのか?後者の可能性は限りなく低い。